データ抽象?

論理におけるデータ抽象 - sumiiの日記

これに答えるのには私は絶対に適任ではないんですが、一応数学基礎論に分類されることがある分野をやっているので反応しておきます。
データ抽象というのは、要するに「内部的にどう実現されているかはわからないが、ある一定の性質を満たしているよ」みたいなもんでしょうか。例えば、複素数デカルト座標で実現されているのか極座標で実現されているのかはわからないけれども、とりあえず代数閉体になっているよ、とか。
だとしたら、ほぼ全ての(普通の)数学的概念はデータ抽象で、そのことを意識さえされることが少ない、というのが正しいでしょう。○○と××は一対一に対応するので同一視する、とか言っちゃってその後は区別をろくにせずに議論するのが普通ですから*1
さすがに数理論理学ではもう少しまともにやりますが。その場合にも、結局atomic formula(A=BだとかA\in Bとかf(a)=bとか)の真偽が実現方法によらずに決まることを示せれば、後は自動的に決まっていってしまうので何も問題が起きないはずです。
というわけで、多分同じようなことは起きているけれども、数学ではあまり意識されていないというのが妥当かと思うんですが。…なんか外しているっぽいなぁ。あとは誰か両方に詳しい人に任せます。

*1:時には混乱を招くレベルになりますが