2010年06月25日のツイート

3時間でわかった気になる強制法(その1-1)

ずっと予告していたやつ、半分くらい書けたので少しずつアップします。その1、その2、その3がそれぞれ1時間ずつでわかった気になって3時間で完成という方針で。歴史的経緯は無視して、「今から考えると、こんなふうにして発見されるのが一番自然だよね」というような説明をしています*1。また、Cohenの元々の論文にあるような強制法のことは全く知らずに書いています。Kunenの定式化がやっぱりベースになっているかな。

さてと。P.Cohenが連続体仮説の独立性を証明する前にさかのぼります。あなたがスタンフォード大学でSol Fefermanにそそのかされてこの問題を解こうと思い立ったとします。まずなにをやればよいでしょうか?

それがその当時にわかっていたら苦労は無かったわけですが(爆)。

ZFCが無矛盾*2であると仮定します。証明したいのはすなわちZFC+¬CHが矛盾しないこと*3。論理式の集合が無矛盾であることを証明するときには、以下の定理が役に立ちます。

定理(コンパクト性定理)Γを論理式の集合とする。このとき、
Γが無矛盾であることと、Γの任意の有限部分集合が無矛盾であることは同値である。

定理((意味論的)完全性と健全性)Γを論理式の集合、φを論理式とする。このとき、
Γからφが証明できることと、Γを満たすようなすべてのモデルがφを満たすことは同値である。

というわけで、方針としては、ZFCの無矛盾性を仮定して、

  1. ZFC+¬CHの有限部分集合Γを任意にとる
  2. 完全性定理により、ZFCのモデルVが存在するので、それを固定する
  3. Vの中で、Γのモデルとなるような集合の存在を示す。
  4. コンパクト性定理によりZFC+¬CHの無矛盾性が言える
  5. ウマー
  6. 照り焼きにする

です*4

ここで問題になるのは三番目のステップのみですね。どうやって、Γのモデルを構成すればよいのでしょうか?そこがCohenがぶち破った壁なわけです。これから、まず単純にやってみた場合にはうまくいかないことを説明してみようと思います。

*1:うちの師匠は"revisionist view"とか自分で茶化しながら、こういうたぐいの説明をよくやっていました。

*2:本当は整合的と書きたいのですが、まあこの記事は多くの人に読んでもらいたいので普通の言い方にします。

*3:細かい点ですが、この証明を行う体系はZFCでなくても構いません。すなわち、ZFC+Con(ZFC)は仮定しなくても、コンパクト性定理や完全性定理が証明できるような体系上でのZFCの無矛盾性さえあれば大丈夫です。なんか2ちゃんねるで誤解していた人がいたので念のため。

*4:「照り焼きにする」は昔2ちゃんねるで流行ったらしいのですが、もう知っている人も少ないのかな。

3時間でわかった気になる強制法(その1-2)

てなさくさんの指摘を受けて、以下の部分を大きく修正します。
細かいことは気にしないことにして、Con(ZFC+Con(ZFC) )を仮定することにします。すなわちZFC+Con(ZFC)のモデルVが存在します。どうやって、これをCon(ZFC)、すなわちZFCの無矛盾性のみから開始できるようにするかはまたあとで書きます。
V上でCon(ZFC)が成り立っているので、Lowenheim-Skolemの定理により、V上でZFCのモデルになるような集合Mで可算無限濃度をもつようなものが存在します。推移崩壊というのをやると、ZFCのモデルになるような集合Nで可算無限濃度をもち(ここまでMの条件と一緒)、さらに推移的になるようなものが存在します。推移的というのは、x\in yかつy\in Nならばx\in Nが成り立つということ。
細かいことは気にしないことにして、ZFCの標準モデルになるような元MをもつようなZFCのモデルVが存在していることを仮定します。推移崩壊というのをやると、ZFCのモデルになるような集合Nで可算無限濃度をもち(ここまでMの条件と一緒)、さらに推移的になるようなものが存在します。推移的というのは、x\in yかつy\in Nならばx\in Nが成り立つということ。
推移的という性質は真面目に書いておいた方がよさそうですね。例えば、MをVの中の可算無限集合で、ZFCを満たすようなものとします。MはZFCのモデルなので、ZFCから存在が証明できるようなものはすべて存在します。空集合とかωとか実数全体の集合とか\omega_1とか。ただし、例えばM上での\omega_1とV上での\omega_1は異なるかもしれないんですよ。
\omega_1というのは、非可算になるような最小の順序数ですね。非可算であるというのは、ωからの全射が存在しないということです。だから、M上での\omega_1、よく(\omega_1)^Mと書きますが、にはωからの全射がM上では存在しません。M上では。しかしながら、Vの方を見渡してみるとωからの全射が存在しているかもしれないわけですよ。
例えが悪いかもしれませんが。「一番の金持ち」と言ったときに、それが「日本の中で」の場合と「世界全部で」の場合では違うでしょうということです。日本一の大金持ち(誰なのか知りませんが)は、その人よりお金を持った人がいないという性質を日本というモデルの中では持っていますが、世界中で考えるとまあ多分Warren Buffetとかが反例になっているでしょう、みたいな感じで。
でも、Mが可算集合であったとしても、(\omega_1)^M\omega_1と一致しちゃうこともあるんですよ。しちゃうこともあるというか、かなり多くのシチュエーションでそうなります。その場合には、(\omega_1)^Mは非可算個の元を持っているわけなので、Mの元はほとんど(可算個を除くと)Mには入っていないんです。だから、Mの中ではそれらの元は見えてこない。スカスカなんです。
スカスカの方が良い場合もあるんですけど、そういう上げ底みたいなのを避けたい場合もあるわけです。今回は後者なのです。そして、推移崩壊というのは、推移的でない集合に対してそれと同型な推移的な集合をとる操作です。詳細は本質的でないので省略。

さてと、そんなわけでZFCのモデルV上に、推移的で可算無限濃度をもちZFCのモデルになるような集合Nが存在する、というところまで来ました。こいつを使って連続体仮説を否定してやりましょう、というところで次。

3時間でわかった気になる強制法(その1-2の蛇足)

うちの師匠は院生向けの集合論の授業で強制法についてしゃべったとき、前段のNについて、「L_\gammaがあるじゃん。γをうまく取ればそうなるでしょ」と言ってました。ここで私はわりとシビレてました。Working mathematicianの感性として、「なんだかわからないけれども可算無限で推移的なΓのモデル」とか言うよりもL_\gammaという(γという順序数をパラメータとしていても)かっちりと構成されたものをとってみるのはよい戦略でしょう。こういう小さいところから、「まずはよくわかっているものから」とか「バカバカしいほど単純な状況でどうなっているかよく見てみる」とか「絶対にうまくいかないと分かっている筋でもとりあえずまとめておいてから、どこを直してやればまともな証明になるか考えてみる」とかみたいな、数学者としての実戦感覚を学んできたものだと思っています。

3時間でわかった気になる強制法(その1-3)

さてと、そんなわけでZFCのモデルV上に、推移的で可算無限濃度をもちZFCのモデルになるような集合Nが存在する、というところまで来ました。

本題に入る前にスコーレムのパラドックスのことを少し書いておきます。NはZFCのモデルなので、N上で非可算な集合があるわけです。例えば(\omega_1)^Nとか。でも、Nは推移的なので(\omega_1)^Nの元は全てNの元、Nは可算なので(\omega_1)^Nは可算になるわけです。これがおかしくない理由は、「でも」以降の議論はVで行われているので、(\omega_1)^Nが可算であるというのは、V上で可算だということに過ぎないんです。
いうなれば、小さいモデル上ではものさしが小さくなってしまうので、Vという大きいモデルでは可算だったはずの順序数が、N上では可算非可算になってしまうことが十分にあり得るわけです。

それならば。Nが持っている小さいものさしではかれば、Vの中に存在する実数の集合はとてつもなく大きな濃度をもって見えるはずです。それなら、NにVにある実数をばしばし付け加えてやればいいじゃないか。N\cup\mathbb{R}でどうだ!!

よくないです。全然良くないです。N\cup\mathbb{R}はZFCを全く満たしていません。

それじゃあ、N\cup\mathbb{R}がZFCを満たすために必要な元をがんがん付け加えてやればいいじゃないか!…これもうまくいきません。そもそもZFCを満たすように拡張できるかさえ私にはちょっと自信がないのですが、それが出来たとしてももう他に重大な問題があります。N\cup\mathbb{R}を含むような集合N'でZFCのモデルになるようなものが存在したとしても、そのN'上のものさしはモデルを拡大したのに伴って大きくなってしまっているかもしれないし、そうなるとN'上からでも\mathbb{R}の濃度は\aleph_1になってしまっているかもしれません。
\mathbb{R}なんて大きなものを付け加えようとしたからダメなのでしょうか?例えば、\mathbb{R}の可算部分集合だけれども、Nのものさしで見れば\aleph_1よりも大きく見えるようなものを付け加えれば大丈夫なのでしょうか?*1そういうものでもないんです。実数rを一個付け加えるだけでも、N\cup\{r\}をZFCを満たすように拡張したらNの構造がずたずたに壊れてしまう可能性があります。*2
それでは、N\cup AをZFCを満たすように拡大してもNの構造はあまりひどくは崩れないけれども、そのNの拡大のものさしで見てやれば濃度が\aleph_2以上になっているような、そういう実数の集合Aを見つけることはできないのでしょうか?

現代的な立場から見れば、これを可能にするのがまさに強制法という手法です。まあ少々独特な見方ではありますが、まあ強制法を分かっている人がこれを聞けば、「そういう見方もできるかもね」くらいの反応はしてもらえると思います。多分。

これで最初の1時間は終了。次回は、強制法ではこの困難をどのように解決しているのかを書こうと思います。

*1:そもそもNの中に無い元を含む集合の濃度をN上ではかることはできないのですが、まあそのへんはなんとなく誤魔化されてください。

*2:(N, \in)の構造をコードするような実数をrとしてとればそうなりますよね。

ざんげというか

本当はモデルって何とかそういうことを書かないといけないんですが、そういう面倒なことをきちんとやろうとしていると永遠に書かないまま終わりそうなのでとりあえず。それと、例によって例のごとくいろいろ間違えているかもしれないのでツッコミ歓迎。