ゲーデルの不完全性定理について少し補足

えーと、この前のひどい言われようですが - くるるの数学ノートid:roi_dantonさんがbewaadさんのところにつけたコメントでのゲーデル不完全性定理の使われ方についてコメントしたわけですが(なんだこの読みにくい文は!)。読み返してみると削りすぎて本来言おうとしたことが完全になくなってしまっている(爆)ので、ちょっと補足しておきます。

ゲーデルの第一不完全性定理は以下のように表せます。

公理系Γが

  1. 自然数論を含み
  2. 帰納的に定義可能な

ときには、論理式φで、Γからφも¬φも証明できないようなものが存在する。

いや、まあ厳密じゃないですが。第一が「証明って何よ」ってことをきちんとやらなければどうしようもないわけで。とりあえずってことで。
私が気にしているのはΓが満たさなければいけない二つの条件のことです。

自然数

ここでの自然数論というのは、自然数全体の集合にに足し算と掛け算という二つの演算を入れたものをさします。*1自然数って何よっていうのはここでは割と微妙ですが無視します(爆)。ここで実は重要なのは掛け算が入っているということです。掛け算が存在しない、自然数上の足し算だけの体系を考えるとこれは完全だということがわかっています。
つまり、不完全性定理を「人間には掛け算は難しすぎるんだ」と解釈することだって可能です。

まあ、それ以前に自然数とか演算とかいう概念を表現できないような体系には最初から不完全性定理を適用することが出来ません。人文系の人が不完全性定理云々と言ったときには、このことをよくチェックするようにしましょう。
いや、人文系にかぎりませんね。物理学に不完全性定理を適用するんだとかいう話があったりするわけなんですが、物理学に自然数論がきちんと埋め込めるって自明でしょうか?極端に大きい数の演算を物理学の中でしようとしたときに物理法則が邪魔してうまく出来なかったりしないのでしょうか?こういうのはid:nucさんのところあたりで聞けば回答がでるでしょうか?

帰納的に定義可能

ええこれで昔悩んだことがありましたよ。
帰納的に」というのはここでは普通のイメージと違い、単に「有限の言葉で定義可能な」というくらいの意味です。Γは無限個の公理を含んでいてよいのですが、どの論理式がΓに含まれているかは有限的な方法でチェックできなければなりません。
例えばZFCのモデルVを取ってきて、その中での自然数の振る舞いをチェックして満たされている自然数上の論理式全体の集合Γを作ります。そうすると、全ての自然数に関する論理式φに対してφか¬φがΓに入ってきてしまいます。というわけで、Γからは全ての自然数に関する論理式が証明またはその否定が証明できるのですが、これは不完全性定理とは矛盾しません。帰納的に定義可能ではないので。*2
ですので、有限の言葉で定義できるような公理系でなければ不完全性定理は成り立たないわけです。これも人文系で不完全性定理が引用されるときに忘れられがちなような。…もっとも、前記の条件があまりにひどく忘れ去られているのでこちらが問題になるようなときはそんなにないかも。

ってわけで

不完全性定理が本当に適用できるような数学以外の例ってあまりないと思うのですよ。コンピュータプログラムの停止性判定問題はその数少ない例の一つかと思いますが。
もちろん不完全性定理を比喩として使う、あるいはモティベーションにすることは可能ですし、目くじらを立てる気もありません。ただ、あたかもゲーデルが数学的に処理できないことまで証明したかのように言い立てるのは、彼の真の業績に対しても失礼かと思うわけです。

もっとも、bewaadさんのところでid:roi_dantonさんがおっしゃっていたこと自体には全く異論がありません。むしろだからこそ、ツッコミが入るような形で不完全性定理を引用しなくてもよかったのではないかということです。

*1:普通は面倒だからべき乗も入れるけれどもべき乗は除いても大丈夫だったはず。

*2:これがなぜだかずいぶん長らく悩んでいた若いときの私ではある